LOGIN辺境伯デニスの願いを聞き入れ、彼の配下の騎士と手合わせする事になったエステル。彼女はデニスの案内のもと、父ジスタルと共に領主邸から騎士団本部に併設されている訓練場へと向かった。
「ここがニーデル騎士団の本部。この時間なら隊長格の奴らが訓練してるはずだ」 まず騎士団本部へとやって来た一行。デニスは慣れた様子で門番の兵に労いの言葉をかけながら、父娘を連れて本部の中に入った。ジスタルは懐かしい雰囲気を感じて、目を細める。エステルは物珍しさからキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回していた。 「閣下……!態々こちらにお出でになるとは……いかがされました?」 「おぉ、ウォーレンか。丁度いい。すまんが、訓練所に邪魔させてもらうぞ」 デニスに声をかけてきたのは中年の騎士。いかにも歴戦の強者といった風情の厳つい大男だ。だが柔和な顔立ちと穏やかな口調で、人好きのする雰囲気ではある。 「え、ええ……それはもちろん構いませんが……そちらの方々は?」 「俺の旧友でジスタルと言う。それと、その娘だ」 「よろしく」 「エステルです!よろしくお願いします!」 デニスに紹介されて、ジスタルは手短に、エステルは元気いっぱいに挨拶をする。 「私はこの騎士団の副団長、ウォーレンと申します。こちらこそ、よろしくお願いします。……ん?ジスタル殿?まさか……あの剣聖と呼ばれた?」 どうやら彼はジスタルの名を知っているようだ。騎士ジスタルの名は王都では有名だったが、それも十年以上も前のこと。とは言え、ウォーレンは見た目的には三十代半ばくらいなので知っていても不思議ではない。 だが、ジスタルは今一自分の知名度の高さを自覚していないフシがあり、自身を知っている事に少しばかり驚いていた。 「すると、もしや……剣聖殿に訓練のお相手をして頂ける……?」 「あ~……俺はただの付き添いだ。コイツのな」 「あぅ~……髪が乱れるよ、お父さん」 期待の眼差しで問うウォーレンに対し、エステルの頭をポンポンと叩きながらジスタルは否定する。 「実はな、このエステルの実力を確かめるために、お前たちの力を借りたい」 「こちらの……お嬢さんの?」 見るからに華奢で少女然としたエステルは、およそ戦いとは無縁であるように見える。実力を見るために力を貸してほしい……つまりは騎士団員と手合わせさせたい、と言う事だとウォーレンは理解した。しかし、いかな剣聖の娘であろうとも……とでも言いたげな訝しげな表情を浮かべる。 「まぁ、お前が疑念を抱くのも尤もだと思うがな。取り敢えずは付き合ってくれ」 「……はっ!承知いたしました」 上司たるデニスにそう言われては否やなど差し挟む事など出来ないだろう。釈然としないながらも、ウォーレンは三人を訓練場へと案内するのだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 今度は訓練場へとやって来た一行。騎士団本部の建物の奥、屋根のない中庭のような場所だ。多くの騎士団員が訓練を行ったり、模擬戦を行う場所なので相応の広さがある。 そこでは十数人程の騎士たちが訓練を行っていた。ある者は型を。ある者は仮想敵を相手にイメージトレーニングを。あるいは、何組かの者たちは模擬剣を用いて手合わせをしている。 「集合っ!!」 彼らはウォーレンの号令で訓練の手を止めて集まってくる。デニスが来ているのを確認すると、一斉に敬礼したあと直立不動の体勢を取った。 皆が話を聞く体勢になったのを確認してから、ウォーレンは事の経緯を説明し始めた。 ……… …… … 「……という事でだな、こちらのエステル嬢と手合わせをしてもらいたい」 「「「「…………」」」」 ウォーレンの説明の間、騎士たちは黙って話を聞いていたが、エステルと手合せを……と聞くとお互いに顔を見合わせる。中には明らかに不服そうな表情の者もいた。 「……デニス様の頼みと言えど、婦女子に剣を向けるのは承服いたしかねます。我ら騎士の剣は、そのような者を護るためのものですから」 彼らの中でも若手の騎士がそう言ってデニスの要請を固辞する。その言葉を聞いたジスタルは、しっかりと騎士の矜持を示した若手に感心したように頷いている。彼らの直接の上司であるウォーレンも、さもありなん……と言った表情だ。 「……面倒くせぇ。じゃあこれは領主命令だ。取り敢えずレオン、お前が相手になれ」 「デニス様……」 若手の騎士……レオンは、デニスの理不尽な命令に困ったように眉をひそめる。 「なに、女相手に本気出せねぇってんならそれでもいいさ。……だが、このエステルは剣聖の娘だぞ?その実力も折り紙付きだ。舐めてかかれば地を這うことになるのはお前の方だ」 デニスのその言葉に、騎士たちは俄に騒めいた。どうやら『剣聖』の名は彼らにも轟いているようだ。 デニスに指名されたレオンも、そこで初めて興味を示したかのようにエステルに向き直る。その視線を受けて、彼女はニッコリと笑顔を返した。 「!!」 「?」 エステルは美少女である。黙っていれば。 なので、彼女から笑顔を向けられたレオンは、|初心《うぶ》な少年のように顔を赤らめて俯いてしまった。 「……若いな。まぁいい、始めようか。……っと、ウォーレン、エステルに剣を貸してやってくれ」 「はっ。……エステル嬢は普段どんなものを使ってるのだ?……あぁ、いや、あそこに色々あるから直接選んでもらった方が早いな」 「はいっ!え~と……あ、あそこですね!」 ウォーレンが指し示した訓練場の隅の方には、様々な武器が立てかけてあった。全て訓練用に刃引きされたもの、あるいは木製の模擬剣である。 エステルは目ぼしいものを手にとって、軽く素振りをしたりして重量やバランスを確かめる。何度かそうやって吟味し……その様子を見た騎士たちは唖然としていた。 「お、おい……そんなデカい剣で大丈夫か?」 騎士の一人が思わずと言った風に声をかけた。エステルが|矯《た》めつ|眇《すが》めつ確認しているのは、刀身が1メートル以上にも及ぶ……いわゆるバスタードソードと呼ばれるものだった。 それも木剣ではなく、刃引きしてるだけの鉄製のもの。片手でも両手でも扱えると言う剣だが、かなり重量がある。とても彼女の細腕で振るえるようなものでは無さそうに見えたのだが…… 「そんなものがまともに振れ……てるな……」 騎士の疑念をよそに、エステルは剣をまるで小枝のようにビュンビュンと振り回す。小柄な少女が自分の背丈程もある剣を軽々と扱う様子に、他の者たちも驚きで目を見開いた。 「普段は辺境の魔物が相手だからな。細っこい剣だと殆ど役に立たないんだよ」 ジスタルがそう補足した。ここに居る騎士たちも魔物が相手ならば大剣や戦斧などを扱う者もいるので、その理屈は分かる。分かるが……それと、目の前の光景に驚かないことは別だろう。 「これにします!!」 そう言ってエステルが選んだのは、最初に手に取ったバスタードソードだ。色々試してみて、普段自分が使っているものに一番近かったらしい。 「よし、それじゃあ早速始めてくれ」 「では、私が立ち会いましょう」 デニスが促すと、ウォーレンが立会人を買って出た。 それからエステルとレオンは訓練場の中央で相対する。レオンは長剣を構え、緊張感を高めながら開始の合図を待つ。 一方のエステルは……片手で剣を持つが、構えらしい構えは取っていない。それにレオンとは対象的にリラックスした様子である。 観客と化した騎士たちは固唾を呑んで開始の合図を待つ。 そして…… 「始めっ!!」 ウォーレンが手合せの開始を告げた!!後宮の庭園は常にない賑わいを見せていた。明らかに後宮の住人よりも多い人々が詰めかけている。それどころか、本来は王以外の男は入れないはずなのに、騎士の正装を纏った男たちが何人もいるではないか。並べられたテーブルには、厨房から様々な料理が運ばれ綺麗に並べられる。何人もの給仕が飲み物とグラスを持って来客たちに勧めて回っていた。それはまさに、立食パーティーと言った様相だ。そんな後宮の庭園に、クレイやギデオンの姿もあった。「食べてるか?ギデオン」「あ、ああ……」クレイの問いに対して、歯切れ悪そうに答えるギデオン。今この状況に戸惑っている様子だ。「ん?どした?」「いや何と言うか……場違いな気がしてよ」訝しむクレイに、そんな心情を吐露する。男子禁制の後宮に足を踏み入れた男の心境としては、ごく当然の反応と言えるだろう。特にギデオンは、その巨体の割には色々と気を遣う質なのでなおさらだ。だがクレイはさして気にした風もなく言う。「陛下が許可してるってんだから別に気にする必要ないだろ。ほれ、せっかくの美味い料理なんだ、楽しまなきゃ損だぞ」「……お前は肝が据わってるよな」「お前が気にし過ぎなんだ」しかしそんなクレイも、次の瞬間には度肝を抜かれる事となる。それは給仕の女性が声をかけてきたときのこと。「飲み物はいかがですか〜?」「あ、じゃあお願いし……って!?」「マリアベル様っ!?」給仕役の使用人かと思って振り返れば、なんと王妹のマリアベルだったのだ。流石のクレイもこれには驚愕を隠しきれなかった。「王妹殿下が自らそんな事を……よろしいのですか?」王族ともあろう者が使用人の仕事をするなど良いのだろうか……と、クレイは遠慮がちに聞く。それに対してマリアベルはあっさりと答えた。「いいのいいの。今日はあなたたちが主役……勇敢に竜と戦った勇者たちを讃えるための戦勝パーティーなんだから。私たちの感謝の気持よ」「は、はぁ……」「ということで……じゃんじゃん飲んで楽しんでいってね〜」そう言って彼女はクレイとギデオンにグラスを渡してから立ち去っていった。「…………マリアベル様って、何かエステルに似てるな」幼馴染を彷彿とさせるノリや雰囲気を感じたのだ。エステルほど突き抜けてはいないし、そもそも彼女に似てるなど失礼だったか……などと失礼な事を思ったが。 ◇ ◆ ◇
後宮の厨房で料理人たちが所狭しと忙しそうに動き回る。それはいつも通りと言えなくもなかったが、この日に限っては普段とは異なる光景が見られた。様々な食材が食料庫から運び込まれ、料理人たちは腕を振るって下拵えや調理を行う。食欲をそそる匂いが漂い、彼らご自慢の作品たちが幾つもの皿を彩っていった。しかし、後宮に住まう女性たちのためだけにしては随分と量が多く、それもまだ増え続けていた。いつもと異なるのはそれだけではない。決定的に違うのは……「おっにく〜おっにく〜、お〜いし〜お〜いし〜、お・に・くっ♪み〜んなだ〜いすき、ド〜ラ〜ゴン!」「……何なのです?その歌は……」何とも脱力感を覚える歌詞とメロディーに困惑しながら、レジーナはエステルに質問した。「『みんな大好きドラゴン肉』の歌だよ。知らない?」「ごめんなさい、不勉強なもので……」……作詞・作曲エステルの即興なので誰も知るわけがない。しかし歌詞はアレだが、歌そのものは無駄に上手かったりする。なぜ彼女が厨房でそんな歌を楽しそうに歌っているかと言えば……愛してやまないドラゴン肉の塊が、いま目の前に大量あるからである。そして、いったい何人前あるのだろうか?というそれを、レジーナ|たち《・・》と一緒に切り分けているところだ。「ちょっとエステル!?このお肉すごく硬くて切りにくいんだけど!?……ねえ、これって本当に美味しいの?」「あ〜、その部位はちょっと硬いかも。じゃあ、そっちは私が切るから、ミレミレはこっちをお願いね〜。こっちは柔らかいから。皆も、切りにくいのがあったら言ってね〜」そう言って、ミレイユが悪戦苦闘していた肉塊と交換する。そして、同じように苦戦していた少女たちにもそれを伝えた。「もちろん味は保証するよ!それに、ドラゴンは大きい方がお肉は美味しいから、今回は特に期待できそう……じゅるっ」「ちょっと!!よだれよだれ!!」そんな二人のやり取りを見て、レジーナはくすりと笑った。それは、いつぞやの後宮審査試験のときにも見られた光景。高貴な家柄のご令嬢たちが厨房に集まり、慣れないながらも一生懸命に料理を作る。かつては、ライバルたちと競う場だったので楽しむ余裕など無かった彼女たちだが……今は本当に楽しそうにしている。(ここは後宮。一見して綺羅びやかな……その実は愛憎渦巻く女の園……なんて常識も、彼女の手に
早朝の柔らかな陽の光が降り注ぐ墓地にて。王都に在りながら、その喧騒からは切り離され静謐な空気に満ちている。ひんやりとした朝露が下草を濡らし、濃い緑の匂いが立ち込める中……エステルと両親は、ある墓石の前に立っていた。 「ここが私の両親と姉……あなたのお|祖父《じい》ちゃん、お|祖母《ばあ》ちゃん、伯母さんのお墓よ」「お母さんの……私たちの家族のお墓なんだね」母の説明にエステルは少し寂しそうに呟いた。これまで何となく聞き辛かった、両親が王都で暮らしていたころの話。母の家族のことも詳しいことは何も聞かされてなかったが、今回こうして初めて墓参りする事になったのだ。その道すがら、エドナは姪に語ったのと同じように、娘に昔の自分のことを聞かせた。ありのままの出来事を娘に話すのは怖くもあったが……彼女の話を聞いたエステルは、「えぐっ……えぐっ……おがあざん……がんばったんだねぇ……ずびっ……」と、むしろエドナの方が引くほど、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら同情してくれたのだった。「……はじめまして。お母さんの娘のエステルです。色々あったって聞いたけど……今は家族みんな元気で幸せです。だから安心してください」墓石の前で膝を付いて手を組み、エステルは語りかけた。その言葉を聞いたエドナは静かに涙する。それから娘と同じように膝をついて、大好きだった家族たちと心の中で語らう。(お父さん、お母さん、姉さん…………今まで来れなくてごめんなさい。いまエステルが言った通り、私は元気よ。どう?私の娘は?ちょっとおバカなところがあるけど、とても強くて優しい自慢の子なのよ。あと下に二人、妹と弟がいるのだけど……まだ小さいから、もう少ししてから連れてくるわ。楽しみにしててね)ふと、エドナは背中に何かが触れるのを感じた。それが、愛する夫と娘の温かな手である事に気付き、彼女は柔らかな笑みを浮かべる。そして今ここにある幸せを噛み締めながら……「……ありがとう」 と、小さく呟いた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆エステルたち三人は、ひとしきり墓前での祈りを終え……その余韻に浸り名残を惜しみつつも、そろそろその場に別れを告げようとした時。彼女たちは誰かが近づいてくる気配を感じた。そちらの方に振り返ると……「……!」「久しぶりね、エドナ。元気そうで嬉しいわ」驚き目を見開
その日の夜。慌ただしかった空気も落ち着き、普段通りの静けさを取り戻した王城内にて。「…………?」戦いのあと深い眠りについていたエステルが目を覚まし、身体を起こして不思議そうにキョロキョロと周りを見る。見覚えのない部屋に戸惑いながら、彼女は眠る前の記憶を思い出そうとした。「えっと……でっかいドラゴンをやっつけて…………はて?それからどうしたんだっけ?」と、丁度その時。彼女がいる部屋の扉が開いた。顔を見せたのはエドナだ。どうやら娘が目を覚ました気配を感じて様子を見に来たらしい。「あ!お母さん!!」「目を覚ましたのね」エドナはそう言って、ほっとした様子を見せた。そしてエステルが寝室らしき部屋から居間に出ると、ソファで寛ぐジスタルの姿もあった。「意外と早かったな。朝まで起きないかと思ったぞ」「どう?どこか調子が悪いとか無い?」ジスタルも安心した様子で娘に声をかけ、エドナは見たところ大丈夫そうだと思いながらも、念のため確認する。何と言っても、女神降臨などという想像もつかない事が娘の身に起きたのだから。「うん、大丈夫だよ!……ここどこ?」「エルネ城の客室よ。いきなり眠ったあなたを、アルド様がここまで運んでくれたの。あとでお礼を言っておきなさい」「アルド|陛下《へ〜か》が……うん!」嬉しそうに返事をするエステルの様子に、エドナは目を細める。少なくともアルドに対しては娘も好意的なようだ……と、彼女は思った。「あれだけ寝たんじゃ、もうしばらくは寝られないだろ?少し話をしようか」「あ、そうだ……なんでお父さんたちがここにいるの?」戦ってるときは考える暇もなかった疑問。故郷のシモン村にいるはずの二人が、なぜ王都に来ているのか。エステルは首を傾げてそれを聞いた。「クレイ君からセーナに手紙が来て……あなたが後宮にいるって聞いたからよ」「はぇ〜……クレイってば手紙なんて出してたんだ〜」その考えは彼女には全くなかった。そもそも手紙の出し方もしらないのだが。「あなたも、手紙くらい書いたらどうなの?」「別にすぐ帰れるし……ジークとエレナにも会いたいから月イチくらいは帰ろっかな〜……って思ってたし」本来なら、彼女の故郷シモン村は月イチで帰郷するような距離ではない。普通だったら片道だけで一ヶ月近くかかる。しかしエステルは初めて王都に来たとき、僅か5日程で走
人身売買組織の壊滅作戦により、少女連続誘拐事件は紆余曲折を経ながらも一応の解決を見た。だが、未だに多くの謎が残されている。そこで、各人が持つ、あるいは新たに入手した断片的な情報を共有し事件の全体像を明らかにする必要があった。そのための会議がこれから行われるのだ。既に日は落ちており、普段であれば城内勤めの文官たちも仕事を終えるくらいの時間……しかし今日は彼らも様々な出来事の後始末に追われ、慌ただしい雰囲気が城内に漂っていた。今回の会議の出席者といえば……議長となる国王アルドと、その補佐を務める宰相フレイ、側近の近衛騎士ディセフ。騎士団長ディラック。前王バルド。神殿を代表して、大神官補佐のモーゼス。そして成り行きから参加することになった、元王国騎士団所属のジスタル。過去から現在に至る一連の事件において、直接的・間接的に大きく関わってきた者たちが主要メンバーだ。その他、騎士団や文官の重職の者たちが列席する。古参の騎士たちはジスタルに気付くと驚き、そして嬉しそうに声をかけた。ジスタルも懐かしい顔ぶれとの再会に喜びをあらわにし、会議が始まるまでの間はディラックと共にしばし彼らと談笑する。何度か騎士団への復帰を請われたが(特にディラックは「是非騎士団長に……!」などと言い出す始末)、彼は苦笑しながらやんわりと断っていた。成り行きで騎士団を辞めたとは言え、今の暮らしの方が性に合っている……と言って。そうしている間に、会議の開催時間となった。「まず、大きな戦いのあとにも関わらず集まってくれたことに感謝する。ジスタル殿も……お疲れの中にも関わらずご足労頂きありがとうございます」先ず最初に、議長のアルドがそう告げた。流石にこの場では『義父』呼びはしないが、やはりジスタルに対する配慮は欠かさない。心象を良くしようと必死のアピールである。「では情報を整理しよう。今回の人身売買組織壊滅作戦については、一先ず成功……と言っても良いだろう」闇オークションの現場を押さえ、組織の幹部や顧客と思しき者たちも軒並み捕縛した。同時に地下施設も一斉に捜査の手が入り、多くの構成員を捕らえることに成功した。これによって組織は壊滅状態になったと言えるだろう。しかし問題の全てが解決したわけではない。だから、あくまでも『一先ず』ということだ。「残る問題の一つは、組織の首領について。騎士団の捜
深い眠りに落ちたエステルを王城の客室まで運び彼女の両親と話をしたあと、アルドは会議の準備があると言って部屋を出ていった。客室に残されたジスタルとエドナは、先ほど聞かされた話について思いを巡らせる。しばしそうやってお互いに無言だったが、悩ましげな表情でエドナが切り出した。「さっきの話……どう思う?」「……アイツを王妃に迎えたいって?どうもピンとこないな……」アルドが本気らしいことは、その真摯な態度から察することができたが……「能天気で、面倒くさがりで、いい加減で、食いしん坊で、忘れっぽいあの娘が王妃だなんて……なんの冗談かと正気を疑ったわよ。見た目と愛嬌は良いから、コロッと騙されたのよ、きっと」「お前の娘に対する評価が酷すぎるのは分かった」妻の身内贔屓ならぬ身内酷評に、夫はやや引きながら言う。しかし、「……否定はできないな」と思った事は秘密である。「まぁ、それは置いといて……あくまでもエステルの意思を尊重する、とも言っていたな」「それは……どうなのかしらね?実際に後宮になんか入れてるし」確かにアルドの言葉は誠実に聞こえたが、その一方で王の権力によって外堀を埋めようとしているようにも見えた……と、エドナは思っていた。「それも成り行きらしいが」「だとしても、まだ気を許しちゃダメよ。……まあ、うちの娘を好きというのは本当だと思うけど」アルドが娘と接する態度を見れば、まだそれほど彼と話していない二人でもそれは良く分かった。エステルが眠りに落ちて目覚めない事を心から心配している様子からも明らかだ……と。しかし娘の気持ちを蔑ろにするような事は許せない。果たして、彼が言葉通りの誠実さを見せ続けられるのか……まだそこまでの信用は、エドナの中にはまだ無いのである。「とにかく。私たちもずっと王都にいられるわけじゃないから……定期的に監視に来ないと。その気になればすぐ来れるし」「それは別に構わないんだが…………それにしても、あいつが王妃になる可能性は微塵も想像つかないが、反対意見を封じるくらいの実績はもうあるんだよな」まだエステルが王都に来てそれほど経ってないと言うのに……裏組織壊滅作戦で重要な役割を果たし、更には竜殺しを成し遂げて王都壊滅の危機を救った。英雄的と呼ばれるほどの大きな功績をあげたと言えよう。しかし何よりも……「……あれは、本当に女神様
即席の剣術指南会をどうにか収集したあと、デニスと父娘は再び領主邸の応接室に戻ってきた。「すまねぇな二人とも。ちょっと嬢ちゃんの実力を確認するだけのつもりだったんだが……」「いや、構わんよ。中々やる気のある連中で、一領民としては頼もしいと思ったぞ」「私も、色んな人と戦えて凄く楽しかったです!」申し訳無さそうに言うデニスに対して、特に気にしたふうもなく父娘は答えた。エステルはニコニコと笑顔を浮かべ、本心からの言葉であることが分かる。「それで?コイツの実力を確認して……どうするんだ?単なる興味で呼び出したわけでもあるまい?」「いや、理由の半分は純粋な興味からなんだがな」「もう半分は?
辺境伯領の領主デニスとの面会を終えたエステルとジスタルの父娘は、領主邸を出て帰路につく。エステルはこれまで村の外に殆ど出たことがなく、精々が近隣の町に買い出しに行く程度であった。だから領都ウィフニデアにやって来たのは今回が初めてであり、到着した時と同様にキョロキョロと街の様子を珍しそうに観察しながら歩いている。「やっぱり大きな街だよね~、お父さん!王都はもっと大きいの?」ウィフニデアの街は辺境にあるとは言え、流石に領都と言うだけあってかなり大きな街である。いま彼女たちが歩いているメインストリートには石造りの高い建物が立ち並び、多くの人が行き交う賑やかな街並みは、エステルにとって大都会そ
ウォーレンの合図によって開始されたエステルとレオンの手合せ。しかしほんの一瞬でその決着は付くことになる。開始と同時に飛び出して先制攻撃を仕掛けたのはレオン。彼が狙ったのは剣を持つエステルの手元。安全のため、分厚い革製の篭手をはめている。いかに剣聖の娘で実力もそれなりにあると聞いてはいても、婦女子に剣を向けるのには抵抗がある。なので早々に剣を弾き飛ばしてしまおうと考えたのだ。だが……!ギィンッッ!!!激しく金属音とともに勢いよく弾かれた長剣がクルクルと回転しながら宙を舞い、そして訓練場の地面に転がった。「そ、そこまでっ!!勝者エステル!!」ウォーレンがエステルの勝利を告げた。しか
エステルは辺境の開拓村出身の15歳の娘。燃え盛る炎のような鮮烈な赤い髪と、清らかな|水面《みなも》のように透き通った蒼い瞳を持つ、神秘的な美少女だ。だが、口を開けばその印象はガラリと変わる。彼女は幼少の頃から棒切れを剣にして振り回し、村の同年代の男の子たちを子分に従えるようなお転婆な娘だった。そして年頃の娘となった今でも、そのお転婆ぶりは変わらず。唯の棒切は、いつしか木剣に変わり……今ではしっかりと手入された実剣になった。振り回すだけの剣術とも呼べなかったものも、日々欠かさない稽古によって洗練された剣技へと昇華されている。そんな彼女を女性として見る者は、一部の例外を除いては居なかったが、







